ミサちゃんはまだ不在ですミサのオカルト研究会ミサちゃんはまだ不在です

裏密ミサです〜 これは仮の姿なの。そのうち変わるのよ〜
うふふふふ〜ここでは心霊CDの情報を募集してるの〜。
↓のめダマのぴ〜をクリックして教えてね〜うふふふ〜

タイトル 歌手名 霊の言葉と出現場所
からたち野道 THE・BOOM 2番のさび   「あつい〜」
万華鏡 岩崎宏美 幻だよ〜と。「うああ〜」
MOON レベッカ 取り出して戻れなくなった〜「先輩・・・・」
YES YES YES
オフコース

君の嫌いな東京も秋は素敵な街 でも大切なことはふたりでいること YES-YES-YES Woo−
の後に「ねぇ私の事すき?」とう声が入っている。 あの声は「コンサートにいく途中で事故にあっていけなかった女性の霊の声」 との噂
NEXTのライブテイクの「あなたをつれていくよ・・・」の部分に 「わたしにも聞かせて・・・」と言う声が入っている。

起動警察パトレイバー サウンドトラック 未確認。
解散コンサート かぐや姫 盛り上がっていきましょう。[私にも聞かせて・・・・」  女子高校生の声

 

管理人の霊体験
5歳 まだ幼稚園の頃です。管理人は北陸の雪国に住んでいるため変わった造りの家に住んでいました。防寒用に窓が二重になっているのです。
外窓と内窓には約70センチ位の隙間があり、その間には野菜や米を置いておくといった活用をしておりました。
冬の初めでしたでしょうか。夕飯の支度で、母親に「ネギ取ってきて」と言われた私は、いつものように何気なく内窓を開けたときです。
この時期、しまっているはずの外窓が何故か開いていました。
変だなと思った私は窓を見上げました。すると・・・・・・・、
真っ白な着物を着た女性がじっとこちらを見つめてぼうっと立っているではありませんか。
顔は青白く、背の低い子供の私を見つめる為に俯いていた顔の右半分は醜くただれていました。とても長く見詰め合っていたような気がします。実際は数秒だったのでしょうが。
その女性は話し掛けてくる事もなく、私もなんら動揺することもなく、そのままネギを取って内窓を閉め、母親の待つ台所へと行きました。
母親にネギを届けたあと、「あれは幽霊だったのかも」と思い、もう一度内窓を開けに戻ってみたのですが、そこにはもう何も居ませんでした。
あの人は・・・なんだったんでしょうか。
中学2年 中学校の修学旅行です。季節は初夏でしたでしょうか。
京都の清水寺近くの旅館に泊まっていた私達は、就寝時間までの数時間、風呂へ入ったり、トランプをしたり、同級生を口説きに言ったりと様々な事をして時間を潰していました。
私は健全少年だったので、2階の大部屋でトランプをしていました。
就寝時間前なので、9時から10時の間だったでしょう。
窓の外を眺めていた友人が突然騒ぎ出しました。
その部屋には10人位いたのですが、全員、窓の方へ集まりました。
そこは・・・お墓だったのです。
裏がお墓の宿なんてとるんじゃない!とか思う以前に、目の前の不思議な現象にただお墓を見つめるばかりでした。
30程のお墓があったのですが、その内の10程のお墓が青白く光っているのです。いえ、お墓自体が光っているのではなく、青白く発光する球体がお墓の上に乗っていたり、ふわふわと浮遊していたりしていたのです。
ホラー番組などでみる「火の玉」などではなく、西洋のウィル・オー・ウィスプのような発光体でした。大きさや、動きかたなど実に様々でした。
あれは・・・なんだったんでしょうか
高校2年
1月17日
この日、私は早朝に目が覚めたのです。普段なら7時までは寝ているはずなのですが、
なぜかこの時に限って5時40分頃に目が覚めました。
寝起きなのに、信じられないくらい頭がすっきりしています。
・・・すっきりしているはずなのに、何故か嫌な気分でした。
なぜこんな時間に目が覚めたのか変に思ってベッドから降りて、部屋の電気をつけた
とたん、ぐらぐらぐらっっと大きく家が揺れたのです。
「あ〜地震だぁ〜」と不謹慎ながら揺れを楽しんでいました。
震度4でした。私の家は4階建てで、私の部屋はその4階だったので大きな地震になるほどゆっくり大きく揺れるのです。
寝覚めが余りにもスッキリしていたのでもう一度寝る気にもなれず、「そうだ、ニュース速報で震度と震源地が出るだろう」と思い、3階の居間へ行き、TVをつけて暫く待っていた所、
信じられない光景が目に映りました。
「阪神淡路大震災」
ヘリコプターからの映像でした。
家々が燃えています。これは昔の、それも外国の出来事をビデオ放送しているだけじゃないのかと思いました。
早朝で、寝入っていた人がほとんどだと思います。が、私はリアルタイムで映像を見ていました。
あれは・・・二度と見たくありません。
私の家族は誰一人、地震に気付いて起きてきたりしませんでした。
もし、私の家が阪神にあったとしたら・・・、私だけが残って、家族が被害に遭っていたでしょう。
恐ろしいです。私が地震の前に起きるのは一回だけの事ではありません。
そのたびに、ニュースを見るのが怖くなります。


24歳 2001年12月の事です。
12月8日、私は大学時代の友達に会うために新幹線に乗ろうと私は車で駅に
向かっていました。その途中車に轢かれたネコの死体にカラスが群がってるのを見て、
とても嫌な気分になりました。が、その10分後、今度は車に撥ねられたであろうハトの死体にカラスが群がっていました。この時点ではまだ偶然です。しかし、新幹線に乗るために
東京へ向かう電車が、人身事故の為に停車するという自体まで起きました。
偶然も3回続くと必然です。その日、私は終電に乗り遅れ、新大阪で野宿するハメになりました。呪いの第1歩です。
それから数日後より、会社へ行くたびに車に轢かれたネコを見るようになりました。
12日より26日までに見ること実に7回。出勤日だけを見て10日で7回、これは異常です。そしてついに・・・恐れていた事が起きました。
26日、今日は見ないように・・・と思っていたのですが、やはり前方に見えました。
死体を轢きたくはないので、別の車線に移り、やりすごした直後です。
自動車がいきなり「ドガガガガガッ!!」という異常な機械音を出し、運転不能になったのです。私はハッ!とし、ハンドルを思いっきり切りました。すでに車は対抗車線に入っており、あやうく事故を起すところでした。車通りが少ない道だったのが不幸中の幸いでした。
対向車が上手くよけてくれたのです。
その現場から200m程で会社の駐車場があったので、徐行しながらなんとかたどり着きました。すぐ降車し、どこが異常を起したのかと見てみると
左後輪がずたずたになっていました。
タイヤは春に変えたばかりです。クギが刺さった形跡もありません。
ネコの死体を横切った瞬間というのが私の頭にこびりついて離れません
あれは・・・偶然だったのでしょうか
もいっちょ
24歳
2002年1月19日
その日、私は同僚の家に遊びにいく為、不慣れな道を車で走っていました。
地元ではないので、地理には疎く、できるだけ周りを見ながら走っていました。
ある立体交差に差し掛かった時です。坂の向こうで信号が赤になったらしく、私の車は坂の頂上1歩手前で停車しました。その時です。
突如としてものすごい吐き気に襲われ、嘔吐してしまったのです。
車の中だったので、吐き出す訳にもいかず、思わず飲み込みました。
そして、次第に頭痛がしてきました。立体交差なので駐車するわけにもゆかず、我慢するハメになりました。そして、信号が青になったのでしょう。前の車がゆっくりと走り出しました。
私の車も後に続き、坂の頂上を越えたとたん・・・立体交差の下には墓場があったのです。
頭痛は酷く、眩暈がしそうなくらいでした。
しかし、墓場を通り過ぎて2分程すると、すっきりと気分が良くなりました。
あそこには、何か良く無いモノが居たのでしょうか・・・。
気分が悪いのが治ったということは、取りつ憑かれたということではなさそうなので安心です。
一週間後の26日、今度は逆方向から立体交差を通り過ぎた時、何も感じることはありませんでした。
悪いモノは無事成仏したのでしょうか・・・。
それとも・・・誰かに憑いていってしまったのでしょうか・・・。

 







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